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レポート

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作ってたべる食堂 vol.1 松尾のつわ寿司

土佐清水の各地に伝わる伝統的な食事と、その背景にある大地や風土とのかかわりを伝え、残していく取り組み「作ってたべる食堂」。
その第1弾として、松尾地区の「つわ寿司」を取り上げました。

つわ寿司というのは、石蕗(ツワブキ)の葉で挟んで押した押し寿司。
石蕗(ツワブキ)は海岸沿いに分布しており、春先には若い芽だちを摘んで食べる土佐清水ではお馴染みの山菜ですが、つわ寿司が伝わっているのは足摺半島のさきっちょの方の集落(松尾、伊佐(足摺岬)、津呂、窪津)の4集落のみ。
その成り立ちは、定かではありませんが、『聞き書高知の食事』という本によると、金剛福寺の巡礼道があることから、お寿司をつわぶきの葉にくるんで修験者やお遍路さんに接待したのが、始まりではないかと書かれています。
ツワブキの葉にはヘキセナールという抗菌作用をもたらす成分が含まれており、防腐効果があるようで、自然とともに生活していた先人たちの知恵がうかがえます。

この日は、まず、松尾の区長場に集合した後、つわ寿司が伝わった背景やその食事とともにある地域独自の文化などを探りに集落を散策。

ガイドブックがわりに「松尾小唄」の歌詞を片手に、小唄を口ずさみながら、目的地まで歩きます。
この「松尾小唄」、昭和のはじめ頃に地域の方によって作られた唄で、松尾の見どころを方言を軽妙に織り交ぜながら唄われます。

まずは、この歌の5番の歌詞に唄われている「女城神社」と女城鼻へ。
喜比羅神社というのは女城神社のこと。
この神社のいわれとなっている「生平さま」から取られた呼び方です。
平家の落人伝説にまつわるお話で、鎌倉時代の頃、京都の公家の女性がここ松尾の女城鼻に流れてきたそう。
その女性はこのあたりの人が見たことのない生平というイチビの繊維でできた着物を着ていたため、「生平さま」と呼ばれました。
ここ松尾に流れ着いたとき、生平さまは赤ん坊を身ごもっていて、女の子を出産したあと、亡くなってしまいました。
生まれた女の子は地元の人たちの手で大切に育てられ、とてもきれいな女性になったそうです。
生平さまの娘さんは、成人して、一度京都に戻ったそうですが、あちらの貴族文化に疲れたのか、松尾が恋しかったのかわかりませんが、また、松尾に戻ってきて、母親がたどり着いた女城鼻に居を構え、妊娠や出産の手伝いをする産婆として活躍しました。

娘さんの手がけた子どもたちは不思議と皆安産で、健やかに成長したことから、後に安産の神様として祀られるようになり、現在に続いています。

女城神社

そして、毎年旧暦の3月15日はこの女城神社のお祭り。
子どもの無事を願ってお詣りした後は、この神社の先にある女城鼻へ集って、「遊山」をします。
お弁当やお酒を持ちより、唄を歌ったりして、過ごします。
そのときのお弁当の定番が「つわ寿司」。
そして、唄の定番がこの「松尾小唄」だったそうです。

女城鼻に降りてみます。
足摺半島の先っちょ、足摺岬や松尾は花崗岩でできた大地です。
ここ女城鼻は海底で削られて平らになった花崗岩が隆起してできました。
平らになっているので、お弁当を広げて宴を開くにはちょうどいい地形なのです。
この平らで風光明美な大地があって、女城神社のお祭りや遊山やつわ寿司の文化が育まれてきました。

女城鼻

女城鼻の雄大な景色をじっくり堪能したあとは、再び女城神社の境内へ。

女城神社の境内にはウバメガシがびっしり生えています。
実はこのウバメガシ、この松尾の地区とただならぬ関係を持っています。
所説ありますが、松尾という地名は、「松魚」という言葉がもととなっています。
「松魚」はカツオのことで、近世、紀州印南の漁師が松尾沖でカツオの好漁場を発見したことをきっかけに、土佐清水に鰹節の作り方を伝えました。
そこで、鰹節を燻す際の薪「ぼさ」として重宝されていたのがこのウバメガシです。

今も、宗田節を作る際のボサや備長炭の原料として使われています。

女城神社を後にして、松尾の集落の細い小道を通って、下から上にのぼっていきます。
松尾は花崗岩の断崖にある集落のため、アップダウンがかなりあります。

斜面に石垣を築いて、まちを作っています。

松尾の集落の上から海を見渡せる「旦那さんの墓」に。

「旦那さん」といわれているのは角屋与三郎さんという紀州印南からここ松尾に移住してきた漁師さん。
ここ松尾に居を構え、カツオ漁による繁栄を築き、「旦那さん」と地域の方たちから慕われ、没後は海と集落が見渡せる場所にお墓を建てました。
お墓のカサの部分が削られて丸くなっているのは、旦那さんの墓石を豊漁のお守りとして、漁師さんたちが持ち帰ったためだと言われています。

散策はこのくらいで、松尾の区長場に戻り、つわ寿司作りを。

レシピはこちらをご覧ください。
ぜひ、皆さんのおうちでも作ってみてくださいね。

この日の先生は松尾さえずり会の下田さんと榊原さん。

お二人が準備してくれた酢飯を使って、押し抜きを体験します。

型に酢飯を入れて、たまごと塩ゆでしたニンジンとニンジンの葉を使って、絵を描くように彩り、押し抜きます。

 

つわ寿司は味も彩りもとても繊細。この彩りの作業はセンスが問われます。

 

ぎゅっと押し付けたら、型を抜いて、形を整えて完成。

 

もともと、つわ寿司は二升も入る大きな型を使って作られいました。
足摺の方などでは具材を挟んでいたようですが、松尾では、日常的につわ寿司を作るようになり、ミニマムな今の型に代わり、具材もなく、シンプルに酢飯のさわやかな香りを味わう今の形に進化してきたようです。

できあがったお寿司を持って、吉福邸に移動。
この日のために綺麗になった国の重要文化財である吉福邸の客間や縁側でつわ寿司のランチをいただきます。
この吉福邸は、カツオ漁や廻船業で栄えた松尾の歴史を今に伝える重要な建物。

この日のお品書きは以下のとおり。松尾の恵みがたくさん詰まったおいしい食事です。

つわ寿司
グジマ(ヒサラガイ)と野菜のかき揚げ
かしわの天ぷら
いも天
アサヒガニのおすまし

本日の先生の榊原さんと下田さん 元気いっぱい、料理上手な二人組。ありがとうございました!

この日の参加者の皆さん、土佐清水市内からの参加だったのですが、「旅行に来たみたいないい一日」とのこと。

これまで知らなかった土佐清水の歴史や文化に触れた一日だったようです。

「作ってたべる食堂 vol.1 松尾のつわ寿司」はこれにて終了。

これからも、土佐清水の各地に伝わる食文化から地域の歴史文化と大地や風土との関係性を掘り起こして、土佐清水ならではのおいしい食事を残していきたいものです。

掲載日:2019年11月06日

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